当時は、
フジテレビが視聴率ノルマを廃し、制作者が作りたいものを作る路線に転じ、“楽しくなければテレビじゃない”をキャッチフレーズとした頃で、作り手側の制作意欲の向上と、出演者である若手芸人の
漫才ブームによる勢いとがあいまったバラエティ番組である。開始当時の
裏番組には、お笑い番組の頂点に君臨していた
TBS『
8時だョ!全員集合』が放送されており、初回
視聴率は9.5%(関東地区)。『全員集合』とのいわゆる「
土8戦争」の結果、『全員集合』を放送終了に追い込み
[また、すでに体力・精神共に疲弊していたいかりや長介がネタ作りを放棄して、82年頃に志村けんや加藤茶が主導権を握るようになっており、翌83年にいかりやから「もう俺は疲れた番組を止めよう」と発言して徐々に終了の方向にシフトしていった事も大きい。(いかりや長介「だめだこりゃ」・居作昌果「8時だョ!全員集合伝説」)]、『
欽ドン!』以降低迷状態が続いていたフジテレビの土曜夜8時台を見事立て直しに成功し、1980年代バラエティのリーダー格番組にまでなった。
オープニングに流れる曲は
ロッシーニ作曲の『
歌劇「ウィリアム・テル」序曲第4部「スイス軍隊の行進(終曲)」』。これは『
スネークマンショー』のオープニングをパロディにしたことによるもので、放送当初は『スネークマンショー』と同じ
伊武雅刀がナレーションを行っていた。OP映像は、初期は単純な合成映像が使われたが、1983年10月から使われたオープニングでは、当時としてはかなり珍しい最先端の
CG映像を使用しており、特に1986年秋から使われた新しいバージョンのCGオープニングは、20年の時を経ても全く遜色ないほどの出来栄えである。