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「サンマリノ」||書籍-LINK.com [05/25update]

サンマリノ wikipedia|無料辞書

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国旗画像 =Flag of San Marino.svg|
国章画像 =|
国章リンク =(国章)|
標語 = (:自由)|
位置画像 =Europe location SMO.png|
公用語 =イタリア語|
首都 =サンマリノ|
最大都市 =セラヴァッレ|
元首等肩書 =執政|
元首等氏名 =オスカル・ミーナマッシモ・チェンチ|
首相等肩書 =首相|
首相等氏名 =なし|
面積順位 =191|
面積大きさ =1 E7|
面積値 =61|
水面積率 =極僅か|
人口統計年 =2006|
人口順位 =190|
人口大きさ =1 E4|
人口値 =30,002|
人口密度値 =481|
GDP統計年元 =2004|
GDP値元 =10億6100万|
GDP統計年MER =2004|
GDP順位MER =|
GDP値MER =10億4800万|
GDP統計年 =2001|
GDP順位 =171|
GDP値 =9億4,000万|
GDP/人 =34,600|
建国形態 =独立|
建国年月日 =301年9月3日|
通貨 =ユーロ (?) ¹ ²|
通貨コード =EUR|

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時間帯 =+1|
夏時間 =+2|
国歌名 =Inno Nazionale|
ccTLD =SM|
国際電話番号 =378|
注記 =注1 : 1999年以前の通貨は、イタリア・リラ
注2 : サンマリノのユーロ硬貨
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サンマリノ(San Marino)は、イタリア半島の中部に位置する国家。首都は国名と同じくサンマリノ。周囲は全てイタリアで、世界で5番目に小さな国(ミニ国家)である。また、現存する世界最古の共和国である。
かつてF1サンマリノGPが行われていた事で知られた。実際にレースが行われていたのはイタリア国内にある麓の町イモラで、2007年度よりF1の開催が完全に1カ国1開催遵守となったため、サンマリノGPの開催は取りやめとなった。
最近では環境保護活動も行っている(珊瑚、森林など)。

◆ 国名
正式名称はイタリア語で、Serenissima Repubblica di San Marino(セレニッスィマ・レプッブリカ・ディ・サン・マリーノ)。通称、San Marino(サン・マリーノ)。
公式の英語表記は、 Most Serene Republic of San Marino(モースト・セリーン・リパブリク・オヴ・サンマリノ)。通称、San Marino(サンマリノ)。「Serene」とは「清らかな」の意。

◆ 歴史
4世紀 - イタリア半島の対岸ダルマツィア地方出身の石工マリヌス(聖マリノ)が、ローマ帝国皇帝ディオクレティアヌスによるキリスト教迫害を逃れるために、仲間と共にチタン山(現サンマリノ市ティターノ山)に潜伏。
951年 - 文献上に初めてサンマリノの存在が現れる。
1257年 - ギベリン(皇帝派)=グエルフ(教皇派)の闘争に巻き込まれ、ローマ教皇インノケンティウス4世より破門される(2年後、破門解除)。
1463年 - 近隣リミニマラテスタ家の侵略に晒されるが独力で撃退、追撃を加え逆に領土を拡大。
1631年 - 教皇ウルバヌス8世より独立を承認される。
1739年 - アルベロニ枢機卿によって一時的に占領されるが、教皇クレメンス12世の勧告により独立を維持。
1815年 - ナポレオン戦争後のウィーン会議で、サンマリノの独立が再確認される。
1849年 - イタリア統一を目指すジュゼッペ・ガリバルディオーストリア軍の追撃から匿う。
1854年 - 教皇ピウス9世が、ガリバルディを匿ったサンマリノを「自由主義者の巣窟」として糾弾。トスカーナ大公国に命じてサンマリノ共和国の教皇領併合を企てるが、失敗。
1862年 - イタリア統一の功労によって、イタリアと友好善隣条約を締結。独立が再確認される。
1947年 - 世界初の自由選挙による共産党政権が誕生する
1992年 - 3月2日国連に加盟。
2007年 - F1の開催が完全に1カ国1開催遵守となるため、サンマリノGPの開催が取りやめとなる。

◆ 政治
任期5年の議会である大評議会(Consiglio Grande e Generale)があり、定員は60名。行政は2名の執政(Capitani Reggenti)が取り仕切っている。執政の選出方法は、大評議会議員からの互選であり、任期は6ヶ月である。
町一つが主権国家になったも同然(都市国家)のサンマリノでは、国民全員が「顔見知り」であり、公平な裁判が出来ないという理由から、裁判官は全員外国人である。