ウルムでかつら職人の息子として生まれる。ウルムのギムナジウムで学んだ後、1756年からハレ大学で数学と哲学を学ぶ。1760年にフランクフルト・アン・デア・オーダーで哲学の助教授になる。1761年の秋にリンテルンにおいて数学の正教授として招かれた。1761年から1762年にはベルリンにおいて哲学・数学の教授になる。ベルリンに滞在時に、ベルリン水曜協会()で、作家のクリストフ・フリードリヒ・ニコライを知る。また哲学者のモーゼス・メンデルスゾーンとも親しくなった。またトマス・アプトは「B」という仮名の元にレッシングも携わった「最新の文学に関する書簡」(Briefe, die neueste Litteratur betreffend)の共同執筆者となった。この書簡はベルリンにおいて1733年から1765年まで24巻が出された。その後は9ヶ月もの間旅に出て、フランスの哲学者のヴォルテールと会った。