10歳の時、
ボードレールの「旅への誘い」を読み、詩人になることを決心。16歳の時、交換留学中に
栃木県立宇都宮高等学校の図書館で
松尾芭蕉句の英訳と出会い、志を「詩人」から「俳人」に改める。のちにパリ大学で
日本文学を学び、25歳の頃から句作がフランス語から日本語に変わる。その後再来日し、1996年から
長野市に居を構え、信州の俳人・
小林一茶の研究と執筆活動に専念する。俳句結社「海程」(
金子兜太主宰)同人。
句集に『空青すぎて』(第3回雪梁舎俳句大賞受賞)『天女節』『アラビア夜話』『渡り鳥日記』、研究書に『詩としての俳諧、俳諧としての詩 ― 一茶・クローデル・国際ハイク』(永田書房、2004年)、エッセーに『一茶とワイン ― ふらんす流俳諧の楽しみ』(角川書店、2006年)がある。