中世イベリアではキリスト教国では
ラテン語、イスラム教国ではアラビア語が学術の言語として使われたが、庶民は共にイベロロマンス諸語に属する諸言語を話していた。その中には現在
カスティーリャ語や
ポルトガル語として知られるものの原型も存在していた。イベロロマンス語は全体的にアラビア語や
ペルシア語、ベルベル語の強い影響下に置かれていたが、其の中でもとりわけイスラム教国の住民の間ではアラビア語の影響を極めて大きく受け、アラビア文字で記される独特のロマンス語が形成された。イスラム教国内の
クリスチャンである
モサラベもそのような言語の一つ
モサラベ語を使用していた。
やがてレコンキスタの進展と共に多数のイスラム教徒(及びモサラベ)がキリスト教国の支配下に入ったが、彼等はカスティーリャ語やポルトガル語に同化せず、自分たちの言語を保持した。これが
ムデハル語の起源である。ムデハル語は長い年月の間にカスティーリャ語、ポルトガル語の影響を受け、同化されていくが、その特徴は消滅せず、スペインに於けるイスラム文化の完全な禁圧までその命脈を保った。なお最末期に於けるムデハル語は、その当時のムスリムの呼称をとって
モリスコ語と呼ばれることもある。