1963年6月16日、テレシコワはボストーク6号に搭乗し、初の女性宇宙飛行士、そして初の軍人以外から選ばれた宇宙飛行士となった。この時のコールサインは
チャイカ(
カモメの意、キリル文字:Ча?йка)であり、"Я чайка"(ヤー チャイカ。「ヤー」はここでは「こちらは」の意味だが、
チェーホフの戯曲『かもめ』の中で「私はカモメ」の意味で何度も登場する台詞でもある)が女性宇宙飛行士が宇宙で発した最初の言葉となった。(旧ソ連を含むロシアでは、宇宙活動中の全ての飛行士が個人識別用のコールサインを付与される)
女性宇宙飛行士を搭乗させる計画はあったものの、2人目の女性宇宙飛行士である
スベトラーナ・サビツカヤが飛行するのは19年後となる。テレシコワと同時に選抜されたほかの4人は、誰一人として宇宙に旅立つことはなかった。テレシコワ自身が飛行中に相当なパニックを起こして問題となり、女性飛行士の採用が敬遠されたためとも言われるが、
宇宙酔いという現象が余りまだよく理解されていなかったことが理由のひとつとも言われている。