ボカサは1976年12月4日に帝国への国号改称を宣言し、ちょうど1年後の
1977年12月4日に戴冠式を挙げ、
皇帝ボカサ一世となった。戴冠式には国家予算の2倍にあたる2500万ドルを費やしたとされる。戴冠式には国際儀礼で皇帝と同格とされる
日本国昭和天皇と
イラン帝国モハンマド・レザー・パフラヴィー皇帝を招待したが、二人とも出席しなかった(ただし、昭和天皇は祝電を送っており、日本政府も国号改称を承認している)。
フランスは帝国を承認し、物資援助を続けた。だが、既に帝国は粛清による人材不足、赤字経済が重なり、崩壊への道を辿っていた。