江戸時代においては、親類、
五人組、町役人(
村役人)が証人となり作成した勘当届書を
名主から
奉行所(
代官所)へ提出し(勘当伺い・旧離)、奉行所の許可が出た後に
人別帳から外す(帳外)という手続きをとられ、外された者は
無宿と呼ばれた。これによって勘当された子からは
家督・
財産の
相続権を剥奪され、また罪を犯した場合でも勘当した親・親族などは
連坐から外される事になっていた。ただし、復縁する場合も同様の手続きを必要とした事から、勘当の宣言のみで実際には奉行所への届け出を出さず、戸籍上は親子のままという事もあったという。
近代以後においても
民法や
戸籍法において勘当に関する条文が設けられていたが、戦後の民法及び関連法規の改正により、現在の日本国の法律において
戸籍上の親子の縁を切ることは出来ない。そのため、現在では勘当は言葉のみであり法的な手続きとしては存在しない。唯一、近い行為と呼べそうなものに
相続廃除がある。現行法で戸籍上、親子の縁を切ることになるのは
特別養子縁組の場合のみで、特別養子縁組は
養子となる者が8歳以下、実親が虐待や育児放棄等で子供を養育する能力がないと認められる場合等の条件がある。