正倉院へ
光明皇后が寄進したときの目録「国家珍宝帳」(751年)には「搨晋右将軍羲之書巻第五十一眞草千字文」があり、
国宝の「眞草千字文」がそれだと推定されている。正倉院文書にも千字文を習字した断片があるので、8世紀には習字手本として使用されていた。
最澄が
延暦寺に納めた図書目録にも、唐から持ち帰った拓本の千字文が記録されている。
平安時代の日本国現在書目録(890年頃)には、6種類の注釈本が記載されている。
南北朝時代には注釈付本が出版され、
天正二年(
1574年)には習字のための「四体千字文」も刊行された。
江戸時代には多数の注釈本が刊行された。