なお1912年の
中華民国成立以降も中華民国が提示した
清室優待条件によって、清朝皇帝の称号を維持すること、皇帝をはじめとする皇族がそのまま
紫禁城内に居住することが認められたため、しばらくの間城内では宣統元号が使われていた。また
1917年には
張勲復辟により皇帝に復位する事件も発生している。このため、この頃編纂が行われていた『
清史稿』では、中華民国成立後の記事に関しても
民国ではなく宣統元号が使われている。当然のことながら、
中国国民党をはじめとする共和派は、この措置に対して激しく反発していた。