1878年(明治11年)、神坂学校に入り、父から『
孝経』や『
論語』を学ぶ。
1881年(明治14年)に上京、
泰明小学校に通い、卒業後は、寄宿していた吉村忠道の伯父である武尾用拙に、『詩経』などを学んだ。さらに三田英学校(現・
錦城高校の前身)、共立学校(現・
開成高校の前身)など当時の進学予備校で学び、明治学院普通部本科(現・
明治学院大学の前身)入学。在学中は
馬場孤蝶、
戸川秋骨と交友を結び、また共立学校時代の恩師の影響もあり
キリスト教の洗礼を受ける。学生時代は西洋文学を読みふけり、また
松尾芭蕉や
西行などの古典書物も読み漁った。明治学院普通部本科(現在の明治学院大学)第一期卒業生で、校歌も作詞している。この間
1886年(明治19年)に父正樹が郷里にて牢死。正樹は『
夜明け前』の主人公青山半蔵のモデルで、藤村に与えた文学的影響は多大であった。
1896年(明治29年)、
東北学院教師となり、仙台に赴任。1年で辞したが、この間に詩作にふけり、第一詩集である『
若菜集』を発表して文壇に登場した。『一葉舟』『夏草』『落梅集』の詩集で明治
浪漫主義の開花の先端となり、
土井晩翠と並称された。これら4冊の詩集を出した後、詩作から離れていく。