なお、内親王の名を「ショクシ」と訓むのは
歌道の
有職読みであって、
俊成を「シュンゼイ」、
定家を「テイカ」と訓むごとく、古人を敬って行う呼び名である。「シキシ」も同様。むろん本人や近親者たちが内親王を「ショクシ」と呼んだわけではない。この名の正式な読みかたは今もって不明であるが、
角田文衛の説により「ノリコ」とするのが通説となった。また長らく生年が不詳とされてきたが、1980年代に資料(『
兵範記』
裏書)の発見により久安5年(1149年)の生まれであることが判明した。
平治元年(
1159年)10月25日、
内親王宣下を受け斎院に
卜定。以後およそ10年間、
嘉応元年(
1169年)7月26日に病により退下するまで
賀茂神社に奉仕した。退下後は母の実家高倉三条第、その後父・後白河院の法住寺殿内(萱御所)等に暮らし、
元暦2年(
1185年)8月10日、
准三宮宣下を受ける。一時叔母・八条院
?子内親王の下に身を寄せたが、八条院とその猶子の姫宮(以仁王
王女、式子内親王の姪)を呪詛したとの疑いをかけられて、押小路殿に移り
出家したらしい。
建久3年(
1192年)、後白河院
崩御により大炊御門殿ほかを遺領として譲られたが、大炊御門殿は
九条兼実に事実上横領され、また同7年(
1196年)には
橘兼仲の妻を巡る事件(後白河院の霊が
託宣をしたと偽り、夫婦共に流罪となった)に連座し洛外追放の処罰を受けるなど、身辺多端であった(この事件についてはやがて処分が撤回された)。兼実失脚後は大炊御門殿へ移り、
正治元年(1199年)頃から病がちとなる。同2年(1200年)秋に
東宮守成親王(後の
順徳天皇)を
猶子とする話が出たが、病重く実現しないままに建仁元年(1201年)1月25日、享年53歳で
薨じた(薨去前後の病状は
藤原定家『
明月記』に詳しい)。
『
新古今和歌集』の代表的女流歌人として知られ、
藤原俊成に師事して多くの優れた作を残した(彼の『
古来風躰抄』は内親王に奉った作品であるという説が一般的である)。『
後鳥羽院御口伝』には「斎院はことももみもみとあるやうに詠まれき」とあるように、艶麗でありながら俊成の閑寂さをも併せもつ独自の歌境がその魅力であると言えるだろう。季の歌と特に恋歌に秀作が多く、自らを内に閉じこめるような深沈とした憂愁のさまや、夢と現実との狭間にある曖昧な様子や感傷的な追憶を好んで詠むこと、運命に対して弱い自分を守ろうとする凛乎とした強さが歌のうちにあることなどから、その生涯や恋愛についてさまざまな推測が成されるが、いずれも憶測の域を出ていない。歌作はその大半が題詠であり、このことも彼女の生涯を考証するうえでの障害の一つとなっている。
後鳥羽院による『
正治初度百首』の作者の一人としてこれを詠進した以外には歌会、
歌合等の記録も残っていない。なお内親王にとっては、現存する作品のなかではこの百首歌が最後の作品である。
勅撰集では『
千載和歌集』に初出(10首)。以下『新古今和歌集』に44首採られたのを初めとして勅撰撰入は類計157首。
家集に『式子内親王集』(一名『萱斎院集』)があり、400首足らずの作品が現存する。家集『式子内親王集』の内容はきわめて不充分で、本文としても筋の悪いものが多い。内親王の作ははやく散逸してしまったらしく、ある時期まで残っていた3つの百首歌(うち1つが『正治百首』)を後人がまとめ、さらに勅撰集にあって上記3百首歌のなかに見られない作60首余を拾って成ったのが『式子内親王集』である。このほかに彼女の作として現在までに知られているのは10数首があるのみである。
俊成の息子定家は
養和元年(
1181年)以後、折々に内親王のもとへ伺候した。一説によれば内親王のもとで
家司のような仕事を行っていたのではないかとも言われているが、詳細ははっきりしない。定家の日記『明月記』にはしばしば内親王に関する記事が登場し、特に薨去の前後にはその詳細な病状が記されていることから、両者の関係が相当に深いものであったことは事実である。おそらくは定家から
九条家歌壇の動向やいわゆる
新儀非拠達磨歌などの情報を得たことなどもあったであろう。後に中世後期になって、定家と内親王は秘かな恋愛関係にあったのだとする説があらわれ、これが能『
定家』などを生む契機となった。一般にこの説は中世歌学特有の伝説の類として否定されているが、文献学的に言えば内親王に関する資料があまりにも少ないがために、これを積極的に肯定することも、或いは否定することもできないというのが実情である(定家が内親王より13歳年下であるというのが否定説の唯一の根拠)。また近年
法然とのあいだに
消息の往来があったことが判明し、彼が密かな思慕の対象であったとする説もあるが(
石丸晶子『式子内親王伝-面影人は法然』)、これも定家説同様に決定的な根拠は何一つないといっていい。