高校での成績は進級が危ぶまれるほどだった。現役時代は
早稲田大学の2学部を受験するも失敗。1年間の
浪人生活を経て、再び早稲田大学5学部を受験。5学部全てに合格した中で、政治経済学部経済学科に入学。大学時代には
家庭教師の
派遣業を行っていた他、
革ジャンの
卸売業[傷物の革ジャンを安く仕入れ、その傷を蝋を塗って隠し、高額で売っていたといい、橋下自身、「ちょっと詐欺みたいなものなんですけども」と『徹子の部屋』で語っている。]に携わっていた。その仕事上の契約で200万円の
不渡り手形をつかまされ、それまでの貯金を失う。この時、
手形法などを勉強し、訴訟を起こしたことがきっかけとなり、弁護士を志す
。