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「歌会始」||書籍-LINK.com [05/27update]

歌会始 wikipedia|無料辞書

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歌会始(うたかいはじめ)は年頭に行われるその年初めての歌会

◆概要
もともとは、皇族・貴族が集い和歌(短歌)を披露しあう「歌会」のうち、その年の始めに行なうものを指す。
現在では、皇室の古くからの伝統行事である宮中歌会始(後述)が代表的。他にも、冷泉家(公家の流れを汲む)で行なわれているものが有名である。冷泉家のそれは、狩衣などの平安装束を身にまとい、数十名が集って行なわれるもので、京都の風物詩として、報道や古文の資料集で紹介されている[外部リンク] 冷泉家 あでやか歌会始…京都(読売新聞 2007年1月22日)
この他に、一般の和歌教室で、講師や生徒が年始に歌を披露しあう集いを「歌会始」と呼ぶところもある。

◆ 宮中歌会始

◇歴史
起源は必ずしも明らかではないが、鎌倉中期には、『外記日記』に亀山天皇期の文永4年(1267年)1月15日に宮中で「内裏御会始」という歌会が行われたと記録されている。ただし、当時は作文始御遊始(管弦)と合わせた一連の行事として捉えられて御会始と呼ばれており、1日のうちに3つを行うのが通例と考えられていた。また年始に限らず、天皇や治天の君の執政開始後に開催される場合もあった。ただし、御会始そのものは室町時代に中絶しており、『晴和歌御会作法故実』(著者不明であるが、霊元上皇書写の国立歴史民俗博物館所蔵本がある)という書物によれば、後円融天皇永和年間の和歌御会始を模範として後柏原天皇明応10年(文亀元年/1501年)正月の月次歌会を独立した儀式として執り行ったことが記されており、これが歌会始の直接的起源であると考えられている小川剛生「南北朝期の和歌御会始について」『和歌文学研究』78号(1999年6月)(所収:「北朝和歌御会について -「御会始」から「歌会始」へ-」(『二条良基研究』(笠間書院、2005年)第三篇第一章)江戸時代からはほぼ毎年開催され、少しずつ変化をしながら現在に至る。
明治7年(1874年)、一般国民からの詠進も広く認められるようになり、明治15年(1882年)以降は、天皇の御製や一般の詠進歌が新聞などで発表されるようになった。詠進歌の選考は宮内省に置かれた御歌所が行なった。
昭和22年(1947年)より、現在のように皇族のみならず国民からも和歌を募集し、在野の著名な歌人に委嘱して選歌の選考がなされるようになった。それにともない、お題も平易なものになった。これにより、上流社会の行事から一般の国民が参加できる文化行事へと変化を遂げた。現在では、テレビ放映も行なわれている。応募方法も郵便だけではなく、目の不自由な者の為に点字や、インターネットでの応募も可能である。

◇お題一覧

 明治時代