1954年9月の
洞爺丸転覆事件をきっかけに、『虚無への供物』が構想されたという。それから数年がかりで全体の半分まで書き上げ、1962年の
江戸川乱歩賞に前半の第二章までしかない未完成状態で応募した。結果は、
戸川昌子の『大いなる幻影』、
佐賀潜の『華やかな死体』の二作が受賞作で、『虚無への供物』は次席にとどまった。登場人物達が
ノックスの十戒や
ヴァン・ダインの二十則、
江戸川乱歩の
幻影城など、実在する小説などを参照し推理を繰り広げる事から選考委員は本作を冗談小説と解釈していた。
その翌年に、後半部まで書き上げ、1964年2月29日、講談社から完成版『虚無への供物』が刊行された。この時は「塔晶夫」名義であったが、のちに本名の中井英夫に変えられた。