視点 wikipedia|無料辞書
視点(してん)という言葉は、通常異なった2つの意味で用いられる。1つはどこから見ているかという、対象を見るときの立脚点のことであり、もう1つはどこを見ているかという、注視点のことである[宮崎・上野(1985)、3頁。]。本記事では原則として前者の意味で用いる。
認知科学、絵画・写真、文学・映画など幅広い分野で用いられる用語である。
◆ 認知科学における視点
実際の形状としては
立方体の形状をした物体は、視点の位置によって
六角形に見えたり
正方形に見えたりする。1つの視点から見れば手前の衝立に隠されて見えないものであっても、視点を様々に変えてみて見ることができればその存在が確かめられる。このように同じ物体であっても視点の位置によって違った形に見えたり、或いは見えたり見えなかったりする。
ある視点から見える「見え」のことを「form」(形)と呼び、対象の実際の(3次元なら3次元的な)形状のことを「shape」(姿)と呼ぶことにする。1つの視点から見えるformは、対象のshapeを何ら規定するわけではないとギブソンは指摘する
[Gibson(1966) "The senses considered as perceptual systems."、錯視、射影幾何学も参照のこと。]。
ある対象を、動的視点(後述)を駆使して様々な視点から見るということは、対象を「実在」(reality)として見ることである。一方、静的視点(後述)から見える形を見るということは、対象を「見え」(appearance)として見ることである[宮崎・上野(1985)、53-54頁。]。
◇ 視点がどこにあるかを知る
山道を歩いているときに、今まで見えていた山が手前の丘などに隠れてしまったとする。この場合、山が消えたのではなく、視点が動いたのであって、山は依然として存在するのだ、と判断される。このように、一般に同じ対象であっても視点が異なれば違った見え方をする。このため逆に「見え」から逆算すると、視点がどこにあるのかがわかることになる。今まで見えていたものが見えなくなるということは、単に情報が欠落して見えないということだけではなく、視点が移動したために見えなくなったという情報が得られることでもある。このように視点が動くことによって見え方が変わることからわかる視点の情報を「視点特定情報」[Gibson(1979)『生態学的視覚論』]と呼ぶ[宮崎・上野(1985)、80-81頁]。
◇ 動的視点と静的視点
上述の遠くの山のように、人がある対象を見て把握するとき、通常視点を様々に変えながら見るということが行われている。言い換えれば、人がある対象を見るということは、様々な場所から見ることでもあるし、また様々な時点から見ることでもある。このように、視点を移動させながら見る場合を「動的視点」と呼ぶ。一方その動いている途上のある断面において見る場合を「静的視点」と呼ぶ[宮崎・上野(1985)、53-54頁]。
◇ 包囲型と湧き出し型
佐伯(1978)は「視点」を表す比喩として「小びと」ないし「感覚小体」なるものを対象に向かって派遣するという見方を提示している[但し、佐伯はこの「小びと」のことを「視座」ではなく「注視点」と扱っている。]。このような「視点」の活動のあり方には「包囲型の視点活動」と「湧き出し型の視点活動」の2つの類型がある。「包囲型の視点活動」とは、対象のごく近くに「小びと」(認知心理学で一般に「仮想的自己」と呼ぶものに相当する)を派遣し、対象のあらゆる面を隙間なく捉えようとするものであり、「湧き出し型の視点活動」とは、対象そのものになりきってしまうものである。宮崎・上野(1985)はこの両者は結局同じことであると指摘する[宮崎・上野(1985)133頁。]。
◆ 言語学における視点
「行く」「来る」の区別、「やる」「もらう」「くれる」の区別や
時制、
代名詞の区別はしばしば視点の問題として扱われる。また何を
主語や
主題にするかということも視点の問題として扱われることがある。
◇ 時制
時制の違いを基にした視点の問題は、言語学的問題でもあり、
文学理論にも関わるものである。
がそびえ、目の下には切り立った山にはさまれた谷川が流れている。谷から吹き上げてくる風に身をさらしていると、高尾山の頂にいるような気がした。|安部龍太郎『彷徨える帝』[澤田(1993)所引282頁。] -->
第1文は過去形「た」が使われているが、第2文では現在形になっている。これは第2文が北畠宗十郎の側からの観察を基にしているものと分析できる[澤田(1993)。]。
◇ 代名詞
代名詞の使い分けを基にした視点の問題も、言語学・文学理論の両方に関係する。
前者のように
再帰代名詞「自分」が用いられると、登場人物宗十郎の視点であり、後者のように代名詞「彼」が用いられると、語り手(全文の話し手)の視点であるという
[澤田(1993)、289-90頁。強調は引用者による。]。このように、再帰代名詞「自分」の指す人物は、その行為や感覚の主体でなければならないとされる
[澤田(1993)、308-9頁。]。
◇ 視点ハイアラーキー
久野(1978)は英語と日本語において「共感度」を基に視点現象を分析した。「共感度」とは、文中の指示対象(人物など)に対する話手の自己同一視化の度合であり、値0(客観描写)から値1(完全な同一視化)までのグラデーションを持つ。例えば、
一人称者は二・三人称者よりも共感度が高く(発話当事者の視点ハイアラーキー)、「くれる」は
与格目的語≧主語であり、「やる」は主語≧与格目的語であるとされる(授与動詞の視点ハイアラーキー)。すると、次の例文の違いが説明できる。
# ×僕が太郎にお金をくれた。
# ○太郎が僕にお金をくれた。
# ○僕が太郎にお金をやった。
# ×太郎が僕にお金をやった。
2と3は「発話当事者の視点ハイアラーキー」と「授与動詞の視点ハイアラーキー」との間で矛盾はないが、1は共感度の高い「僕」が、「くれる」にとって共感度の低い主語になっており、4は同じく共感度の高い「僕」が、「やる」にとって共感度の低い与格目的語になっているため、矛盾を来している。
以上のようなことから、次のような「視点の一貫性」という原理を提唱した。
; 視点の一貫性:単一の文は、共感度関係に論理的矛盾を含んでいてはいけない。
◇ 主題の省略
日本語では
主語が省略されやすいとしばしば言われるが、
主題「Xは」の省略されやすさにも視点が関わっている。
# 夏子の義兄が夏子に学資を出してくれることになった。
[外部リンク]夏子はこれで大学に行けると思うと、嬉しさで胸が一杯になった。
1の「夏子は」は省略可能であるが、2の「夏子は」は省略できない。これは、1の文章が夏子寄りの視点で叙述しているからであるとされる(新主題省略条件)[久野(1978)、105-7頁。]。
# 太郎は病院に花子を見舞に行かなかった。
[外部リンク]花子は太郎がいつ来るかと首を長くして待っていた。
1の「花子は」は省略可能であるが、2の「花子は」は省略できない。これは1の文章の話者の視点が太郎の視点に完全に一致した形で統一されているが2はそうではないからであるとされる(異主題省略条件)[久野(1978)、109-10頁。]。
◆ 文学作品の理解における視点
◇ 認知科学的アプローチ
文学作品を理解するためには、視点を設定するということが必要になる。それは作者の思想や世界観といったものであることもあるが、作中の作者(「
語り手」)の意見や心情であったり、特定の登場人物の心情であったりする。また登場人物の外形や作中世界の情景・出来事を把握するためにも視点の設定が必要である。
作中の情景を理解する場合、読者は三次元的な仮想的世界を思い描き、その中の1点に仮想的自己を派遣するという形で理解するという指摘がある[宮崎・上野(1985)、115-7頁。]。適切な視点が得られたとき、そこから見えた「見え」が鮮明なイメージを生む。そして対象の位置をいろいろに配置してみたり、仮想的自己の位置を動かしたりして、常により鮮明な「見え」をつかみ取ろうと試みる。
人物の心情を理解する場合、読者はある登場人物に感情移入して読むということがしばしば行われる。特定の登場人物に視点を設定して文学作品を読むということは、読者にとっては「他者」の心情を理解するという作業であるとも言える。つまり読者は他者に「なって」みるということである
[宮崎・上野(1985)、130頁。]。これは
共感的理解の一種である
[宮崎・上野(1985)、144-5頁。]。
◇ 文学理論
文学作品、特に小説は、通常一人称小説と三人称小説に分けられる。しかし、一人称小説が登場人物の視点であって三人称小説が語り手の視点であるとは、もはや言い切れなくなっている。シュタンツェル(1979)は一人称/三人称の対立と内的遠近法/外的遠近法の対立、語り手/映し手の対立を区別し、ジュネットは従来の研究では「語り手は誰なのか」と「誰が見ているのか」[英語で"Who speaks?"と"Who sees?"、或いは"saying"と"showing"の対立として表現される。]とが混同されていると指摘している[ジュネット(1972)、邦訳217頁。][語り手の視点と登場人物の視点を明確に呼び分けるものとして、チャトマン(1990)での語り手の「視座(slant)」と登場人物の「フィルター」、山岡(2001)での語り手の「観点」と登場人物の「視点」などがある。]。そのため、近年ではジュネットなどが用いる「焦点化」などの用語が一部で好まれるようになってきている。
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