こうした戦前の業績をうけて、現代の作家、詩人たちによる連句の試みが、1960年代後半からはじまった。その中心になったのが、
大岡信、
丸谷才一、
安東次男、
石川淳たちによる歌仙の興行であった。歌仙を巻いて、その後で付け合いの雰囲気や意図について解説対談を行うという形式によって、連句の可能性が追求された。大岡は、〈連詩〉という概念をここから発展させて、外国語での詩作の可能性も追求している。石川・安東は亡くなったが、大岡、丸谷を中心に2006年現在も雑誌『すばる』誌上を中心に連句興行が続けられている。
しかしながら、俳句人口が100万人と言われるのに対して、連句人口は数千人と規模が小さいとされている。一度コツを掴めば、その即興性や緊張感から、連句の面白さの虜となり得るが、複数人が集まって座を形成しなければならないことや、俳句に比べてルールが複雑なこと等からくる敷居の高さが連句人口の増加を妨げていると推測される。また俳人の中には『連句をやると俳句が下手になる』と考えている人も少なからずいるのも原因の一つとも考えられる(一句の中に小宇宙を込める俳句に対して、連句は複数の句のつらなりであるが故に、次の句へのつなぎの余地を作るために、あえて一句の中に全てをこめない作り方をする、という特性から、そのように言われるものと推測される)。連句をどのようにメジャーにするかが課題となっている。